こんにちは!代表取締役 兼 AIサービス開発室の鈴木生雄です。ポッドキャストの一週間のまとめをお伝えします。
注目ニュース
※ 今回の注目ニュース記事は、私が質問したり意見を言ったりして、ChatGPT-5.6 solに生成してもらった文章となっています。私としてはかなり興味深い議論ができたと思ったので、同じチャット内でブログ記事にしてもらった次第です。ご了承ください。
『AIに読ませられる本』は出版の未来を変えるか──Anthropicの書籍スキャンとGoogle Expert Intelligenceから考える
2026年9月4日、日本の出版取次大手である日販が、米国のAI企業Anthropicに対し数千冊規模の大量の紙の書籍を販売していたことが米国の裁判資料から明らかになりました。Anthropicといえば、Claudeを開発するAI企業です。なぜAI企業がわざわざ大量の「紙の本」を購入するのでしょうか。背景にあるのが、Anthropicが進めてきた大規模な書籍デジタル化プロジェクトです。
米国の著作権訴訟「Bartz v. Anthropic」の裁判資料によると、Anthropicは大量の紙の本を正規に購入し、背表紙を切り落としてページをスキャンする「破壊的スキャン」によってデジタル化していました。作成されたデータは検索可能な社内ライブラリに保存され、その一部がClaudeなどのLLMの学習にも利用されました。この裁判では2025年6月、興味深い判断が示されています。裁判所は、Anthropicによる海賊版サイトからの書籍取得についてはフェアユースとは認めなかった一方、正規購入した紙の本をAI学習に利用することや、購入した紙の本を裁断・スキャンして1冊のデジタルコピーに置き換えることについてはフェアユースと判断しました。
つまり、少なくともこの米連邦地裁の判断に従えば、
「紙の本を正規に購入する」
↓
「裁断してデジタル化する」
↓
「AI開発に利用する」
というルートが成立することになります。
このニュースを見たとき、私は約30年前に行われた「PGPi scanning project」という非常に面白いプロジェクトを思い出しました。
暗号ソフトを「紙」にして輸出したPGPi scanning project
1990年代、米国ではPGP(Pretty Good Privacy)のような強力な暗号技術は軍需品に近い扱いを受け、暗号ソフトウェアの国外輸出が厳しく規制されていました。そこで考え出されたのが、PGPのソースコードを「本」にして輸出するという方法です。ソースコードを紙に印刷して書籍として国外へ運び、国外でそのページをスキャンし、OCRによって再びソースコードへ戻すという壮大なプロジェクトでした。PGP 5.0iでは12冊、6000ページ以上にも及ぶソースコードが印刷され、70人以上のボランティアが1000時間以上を費やして再び電子データへ変換したとされています。
情報として考えれば、「コンピューター上に存在するソースコード」と「紙に印刷されたソースコード」は同じものです。ところが当時の法制度から見ると、この二つは必ずしも同じ扱いではありませんでした。
PGPi scanning projectでは、
デジタルデータ
↓
紙
↓
国境を越える
↓
スキャン・OCR
↓
デジタルデータ
という経路を取っています。
こうすることによって、情報そのものはほぼ変えずに、その情報が置かれる法的なレジームを切り替えたわけです。Anthropicの書籍スキャンにも、これとよく似た構造を感じます。電子書籍は一般に、購入したからといってデータそのものの所有権を得るわけではなく、契約に基づいて閲覧するライセンスとして提供されています。複製やデータ抽出などにはさまざまな制限を設けることができます。一方、紙の本を購入すれば、その物理的な一冊については購入者が所有します。
Anthropicは、
著作物
↓
紙の本として正規購入
↓
裁断・スキャン
↓
デジタルデータ
↓
AIによる利用
という経路を取っています。
PGPiとAnthropicでは目的も法律もまったく違いますし、Anthropicが法規制を回避するため意図的にこの方法を選んだと断定することもできません。それでも両者には、「情報をいったん物理媒体に写像することで異なる法的レジームを経由し、その後もう一度デジタルデータへ戻す」という興味深い共通構造があります。IT的な表現をするなら、紙が一種の「legal protocol adapter(法的プロトコル変換アダプター)」として機能しているように私には見えます。
米国の出版取次IngramはAI企業への販売をオプトアウト可能に
もっとも、この方法が法律上可能だからといって、出版業界がそれをそのまま受け入れているわけではありません。米国の大手出版取次Ingram Content Groupは2026年1月、AI企業が紙の本を購入し、スキャンしてAI学習に利用する動きが広がっているとして、出版社が希望すればAI企業への販売をオプトアウトできる制度を導入しました。これは非常に興味深い対応です。出版社から見れば、本を人間の読者に2000円で販売することと、その本がAI企業によってデジタル化され、巨大なAIモデルを作るための知的資源として利用されることは、本当に同じ「一冊の販売」と考えてよいのか、という問題があるからです。
従来の出版流通は、
著者 → 出版社 → 取次 → 書店 → 読者
というものでした。
しかし生成AIの登場によって、
著者 → 出版社 → AI学習データ → AIモデル → AIサービス
という、まったく新しい価値連鎖が生まれています。
既存の出版流通の価格体系や権利処理は、当然ながらこのような利用方法を前提として設計されたものではありません。
Googleが作り始めた「AIに読ませられる本」
そんな中、2026年8月27日にGoogleが発表した「Expert Intelligence」という取り組みが非常に興味深いと感じました。Googleは、Google Play Booksで購入した一部の電子書籍を、Gemini Notebookの情報源として直接追加できるようにしました。対象となる書籍をNotebookに追加すると、その本についてAIに質問したり、内容に基づいてAudio Overview、インフォグラフィック、クイズなどを生成したりできます。単純に考えれば、「購入した電子書籍をAIに読ませられるようになった」という機能です。しかし面白いのは、その権利処理です。Google Play Booksで購入した電子書籍なら何でも利用できるわけではありません。Googleは出版社や著者と協力してこの仕組みを構築しており、開始時点ではPenguin Random House、Macmillan、O’Reilly Media、Bloomsburyなどの大手出版社を含む10万冊以上が対象になっています。さらに、利用者がGemini Notebook上でその本を利用するためには、Google Play Booksでその本を所有している必要があります。Notebookを他人と共有したとしても、共有された側がその本を購入していなければ、その本を利用することはできません。利用したければ、その人自身がもう一冊購入する必要があります。
つまりGoogleは、
「本を読む権利」
に加えて、
「AIにその本を読ませ、その知識を利用する権利」
を商品に組み込み始めたと見ることができます。
私はこれを「AIに読ませられる本」という新しい商品属性が生まれた、と捉えると非常に面白いと思っています。
人間由来の「クリーンデータ」にお金が回る仕組み
従来、書籍の価値は基本的に「人間が読む」ことを前提としていました。しかし生成AIが普及すると、私たちは本を最初から最後まで読むだけではなく、「この本の考え方を使って、私の会社の問題について考えてほしい」「この3冊の主張を比較してほしい」「この本を参考にして新入社員向けの研修資料を作ってほしい」とAIに頼むようになるでしょう。そうなれば、「AIが読めるかどうか」は電子書籍の商品価値そのものになっていく可能性があります。そして私は、この仕組みにはもう一つ重要な意味があると思っています。
現在のAI業界では、モデルの性能を向上させるための高品質な学習データの価値が急速に高まっています。インターネット上から取得できるデータには限界がありますし、今後はAI自身が生成した文章や画像がインターネット上にますます増えていきます。そうなるほど価値が高まるのが、専門家、研究者、作家、ジャーナリストなど、人間が長い時間をかけて作った高品質な「クリーンデータ」ではないでしょうか。しかし、そのデータをAI企業が無償あるいは非常に安価に取得できてしまえば、良質な情報を作る人に十分なお金が戻りません。これは長期的にはAI企業にとっても望ましくないはずです。高品質なコンテンツを作ることに経済的なインセンティブがなくなれば、将来AIが利用できる高品質な人間由来データそのものが減ってしまうからです。
そこで、
著者・専門家
↓
出版社・コンテンツ事業者
↓
「AI利用可能」という権利を付与
↓
ユーザーが購入・購読
↓
AIが利用
↓
著者・権利者に対価が還元される
という市場が成立すれば、状況は大きく変わります。AI企業と著作権者を「学習する側」と「学習される側」として対立させるのではなく、高品質な人間由来データを供給すること自体を経済活動にできるからです。GoogleのExpert Intelligenceについて、出版社や著者への具体的な対価や収益分配の条件は公表されていません。そのため、現時点で「Expert Intelligenceが著者への新たな収益源になっている」とまでは言えません。しかし、少なくとも技術的には、「誰がそのコンテンツをAIで利用できるのか」を制御する仕組みが実装されました。これは将来、AI利用権そのものに価格を付けるための重要な基盤になり得ると思います。
「AIが読める」という権利そのものが商品になる
ここまで考えると、今回の日販とAnthropicのニュースと、GoogleのExpert Intelligenceは、一見まったく違うニュースでありながら、実は同じ問題の表裏なのではないかと思います。Anthropicの事例が突きつけたのは、「通常の本を購入した人は、その本をAIに読ませてもよいのか」という問いです。Googleが提示しているのは、「ならば最初から、AIに読ませることのできる本を作ればよい」という一つの回答です。
今後、書籍だけでなく新聞、雑誌、論文、調査レポート、動画、写真、音楽などにも、同じ考え方が広がるかもしれません。実際、GoogleはExpert Intelligenceについて、今後は第三者の有料購読コンテンツ、ビジネス調査レポート、教科書などにも対象を広げる予定だとしています。
これまでデジタルコンテンツには、
「閲覧できる」
「印刷できる」
「コピーできる」
「再配布できる」
といった権利属性がありました。
そこにこれから、
「AIが利用できる」
という新しい属性が加わるのかもしれません。
そして、その属性にきちんと経済的価値が付けば、人間が生み出した高品質な知識に対してAI時代にもお金が流れる仕組みを作ることができます。AIが賢くなればなるほど、人間が生み出す知識の価値が下がるとは限りません。むしろ、AI生成コンテンツが世の中に溢れるほど、「これは人間の専門家が時間をかけて作った信頼できる情報である」ということ自体が価値を持つようになる可能性があります。生成AIの時代に必要なのは、著作権者とAI企業のどちらか一方が勝つ仕組みではなく、良質な知識を生み出す人、その知識を流通させる人、そしてそれを利用して価値を生み出すAIの間で、持続可能な経済循環を作ることなのだと思います。「AIに読ませられる本」という一見小さな商品属性は、そのための重要な一歩になるのかもしれません。
対象エピソード:
- Ep.1490 日販とAnthropicの書籍取引──物理媒体を経由する権利処理のハックと取次のガバナンス(2026年9月6日配信)
- Ep.1474 Google、「Gemini Notebook」に書籍の知見を統合──「Expert Intelligence」が切り拓くAI読書体験(2026年8月30日配信)
ラインナップ
- Ep.1496 OpenAI、次世代の画像生成AI「ChatGPT Images 2.5」を発表──手書きスケッチ対応と劇的な速度向上(2026年9月9日配信)
- Ep.1495 Qualcomm、Amazonとの次世代AIデータセンター向け大型協業を発表──スマホ依存からの脱却と巨額の調達契約(2026年9月9日配信)
- Ep.1494 Google、音声を“意図”まで読み取る次世代の音声認識AI「Gemini 3.5 Transcribe」を発表(2026年9月9日配信)
- Ep.1493 OpenAIのAIが数学の超難問「ナビエ–ストークス方程式」を解決──歴史的快挙と浮上したアイデアの帰属問題(2026年9月9日配信)
- Ep.1492 Meta、個人向けAIエージェント「Muse」を発表──“時間を取り戻す”究極のパーソナルアシスタント(2026年9月9日配信)
- Ep.1491 AI創薬がもたらす“若返り”の衝撃──Insilico Medicineの新薬「Rentosertib」が示す未来(2026年9月9日配信)
- Ep.1490 日販とAnthropicの書籍取引──物理媒体を経由する権利処理のハックと取次のガバナンス(2026年9月6日配信)
- Ep.1489 Google、音楽生成AI「Lyria 3.5」をGeminiへ統合──SunoやUdioに対抗するオーディオ戦略(2026年9月6日配信)
- Ep.1488 OpenAI、最新フラッグシップモデル「GPT-6 Astra」を発表──エージェント機能の強化と高まるセキュリティの壁(2026年9月4日配信)
- Ep.1487 NVIDIA、Hugging Faceを買収──オープンモデル・エコシステムのさらなる拡大とインフラ強化へ(2026年9月4日配信)
- Ep.1486 Google、Workspaceに「声」で操作する新時代をもたらす音声AI機能「Live」シリーズを発表(2026年9月4日配信)
- Ep.1485 Meta、最強モデル「Muse Spark 1.3」を発表──長文脈理解とエージェント開発への布石(2026年9月3日配信)
- Ep.1484 CrowdStrikeとOpenAIが提携拡大──エージェント時代のAIセキュリティ基盤を確立(2026年9月3日配信)
- Ep.1483 Google、Workspace向けAI画像生成・編集ツール「Google Pics」を発表(2026年9月3日配信)
- Ep.1482 Google、政府・企業向けのサイバー防衛支援「Fairwind Program」を発表──AIエージェントによる脆弱性の自律的修正(2026年9月3日配信)
- Ep.1481 Google、推論・エージェント性能を強化した「Gemini 3.8 Flash」とセキュリティ特化の「3.8 Flash Cyber」を発表(2026年9月3日配信)
